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きざし?

7月も、よくわかんないうちにあっという間に過ぎていく。
こうして、よくわかんないうちにあっという間に、この人生の終わりの日も来るのかなあ。そうなんだろーなー…

今月はとくに、精神的に追い込まれる(てか自分で追いこんでんですけど)日々をすごし、正直くったくた。
でも、これはおそらく私だけではない、被災地とよばれる場所にいる人たち、被災者と呼ばれる人たちの多くが、何らかの形で心の苦しさ、疲れを経験しているのではないだろうか。
もちろん、すべてを「そのせい」にしてはいけないとは思うけど、なんかもー「ちょっと休憩させてくれよお、神様よお」って感じだ。

でも、ここ10日間くらいの間に、神様はわたしにいろんなかたちでサインを差し向けてくれたように思う。
アーティストたちとの新しい出会い、仲間との再会や別れ、しんじまんの死… ひとつひとつの経験に心を嵐のようにおおきく揺さぶられながら、その向こうに、ちいさいちいさい光が、かいま見えたような、気が、した。
でも、まだ、ちらりと見えただけで、その光をつかめるかわからない。つかんでも、育てられるかわからない。
すごく不安であり、すごく安心した感じもする。

そーっとね、そーっと。

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しんじまんのこと

Shinji-manが、なくなった。急な知らせだった。
昨年末、膵臓がんがわかり、自宅で自然療法による養生をしていたそうだ。
昨日急変し、病院に運ばれたが、延命措置しない、という本人の希望により、
日付がかわったころ、静かに息を引き取られたとのことだった。

長く、アジャ・アディの日本でのマネジャーを担当していた。わたしは、竜太郎さんの仕事をきっかけに二人と親しくさせてもらうようになった。
ガーナのアジャの自宅にはしんじまんの部屋がある、というほど、ふたりは特別な絆で結ばれていた。わたしはそんな二人のことが大好きだった、そしてとてもうらやましくもおもっていた。
ふたりのツアーにくっついて北海道を旅したこともある。
その当時、私は仕事がうまくいかずひどく落ち込んでいて、そしたら二人が「一緒に行くか?」と誘ってくれたのだ。結局、物販の手伝いとかしながら、そのまま1週間近く旅をした。一緒に銭湯に行ったり(アジャは行かないけど)、ライブの主催者さんのうちで川の字になって眠ったり。たっぷりと甘えさせてもらった。
その後も葉山のしんじまんの家に訪ねていったり、佐渡に二人がやってくるたび、一緒に宿に泊まり込んですごしたり、とにかく二人とくっついてあるくのが好きだった。

9年前にアジャが亡くなり、その後竜太郎さんと離れてからは、疎遠になってしまっていた。
最後に電話したのは、ちょうど5年前の夏、ふいにアジャの夢を見た日の朝だった。
大きな樹の下にいると、風が吹いてきて、アジャの姿は見えないけど太鼓の音がして… そんな夢だった。
目がさめてすぐしんじまんに電話をしたら、「それはアジャだよ、アジャのティガリ(精霊)は風だから」と教えてくれた。

しんじまんは、とても律儀で、こまやかなひとだった。
わたしが、人の心や、ものやらを、少しでも粗末にするようなことをすると、本気でしかった。

…ごめんなさい、ありがとう、しんじまん。

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いつかまた

 今年のワールドミュージックコレクションの出演者として考えていた、モノブロッコの来日が、残念ながら中止されることになった。

 3月、リオで彼らに出会ったのは、まさに震災の日の夜だった。コンサートの冒頭に「日本のために」と祈りを捧げてくれた。楽屋を訪ねた私をかわるがわるハグして慰めてくれ、「次に会うのは君の街でだね。みんなでパレードができるといいな!」と送り出してくれた。
 帰国後、どんどん深刻化していく原発事故の現状。そして2か月後、拍子抜けに発表された「メルトダウン」のニュースに、メンバーの来日への不安は高まった。そりゃそうだよ、私だったらこんなわけのわかんない状況の国に大事なアーティストを行かせたくないよ…と思いつつも、現状をきちんと把握して判断してもらいたい、と思い、招聘もとを通じてなんどもやりとりをした。
「こんな時にこそ!」とあらためて意志を固めてくれていたのだけれど、最終的には、原発事故に関わる渡航条件の詳細をつめていくなかで、折り合いをつけることが出来ない部分があり、中止を決断せざるをえなかった。

 やれるだけのことはやったから悔いはないし、3者がそれぞれに、頭も心もつかって話し合えたから、どこかすっきりしてもいる。モノブロッコのメンバーにも、招聘もとのスタッフの皆さんにも、心から感謝している。
 でも、なにかに「負けた」ような気がして、涙がときどき出てくる。
 
 いつかまた、あえるかな。あいたいな。

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おでかけ落語会

目が覚めたら、寝室の窓から満月が。朝焼けでほんのりピンクがかってきれいです。

お誕生日メッセージ、たくさんいただきありがとうございました!
あれこれやろうと思っていたことの半分しかできなかった。
なんかごろごろ、うだうだして… いつもの休日じゃん?
アクアマリンもはっと気づいたら受付終了時刻が迫っていて、いきそびれたし…だめだめでした。

13,14日は、立川志らくさんのお弟子さんお三方とのおでかけ落語。
はや4回目、なのであります。
今回は、老人ケア施設を3カ所と、初の遠野地区おでかけ。
暑い中、和服の落語家さんたちは大変だったと思う。ありがとうございました。
1日目はいわゆる有料老人ホームに2つ伺った。
2件目は、施設自体がまだ新しいこともあって「え?入所者の方ですか?」とききたくなるほど、
若々しい方も多かった。うかがうと、もともといわきの方はいらっしゃらないのだそうだ。
地震でこんなことになっちゃったけど、たしかにいわきは気候も穏やかだし、ちょっと足をのばせば海もある、山もある。高速にのっかれば3時間で都心にも戻れる。そして都内の同じような施設と比べ、利用料も半額近く安いとか。(とはいえ、わたしのよーなものには無縁な世界ですが)
のんびり暮らすにはとってもいいところだ。

翌日の最後の公演は、おとなりの川内村から避難してきているグループホームで。
施設が原発の待避地域に指定されたため、あわてて郡山ビッグパレットへ避難したものの、
要介護の方にはあまりに過酷な環境。
とりあえず落ち着ける場所を求め、釣り堀の食堂だった空き屋をみつけることができた。村のサポートもあって最低限の改装もでき、3月のおわりにはここへ引っ越して来れた、とのこと… 「行政がすぐに対応してくれた。助けてくれなかったら、自分たちだけでは何も出来なかった」とおっしゃっていたが、職員さんも仮住まいを見つけなければならなかったり、当時は本当に大変だっただろうとおもう。

こぢんまりとしたスペースなので、仕込みはごく少なくし、お座布団を敷くだけにしようかな、と思っていたのだが、3人の中で一番先輩のらく次さんが「お手間をおかけするかも知れませんが、ふつうに高座をつくりましょう」と提案してくれた。
照明も音響も、半分の量だけど仕込んだ。ベッドだらけの部屋に、ちいさな寄席ができた。

はじめて打ち合わせに伺ったとき、そして当日の開演前まで、
お年寄りたちはまったくお話しをされなかった。表情も平坦で、ちょっとこわかったくらいだ。
しかし始まると少しずつ表情がほころび、最後には手を打って笑ってくださり、
帰りは窓から顔を出し、うたまでうたって見送ってくださった。
ホーム長さんは、うっすらと涙ぐみながらそんなお年寄りたちをながめておられた。

当初「おでアリは市の事業なのに、他の自治体から来られた方を対象にするのはどうなの」
という意見も実はあった。シビアに言えばそういう部分もあるかも知れない。
現在、いわき市には、原発の待避地域からの避難者は1万数千人にもなる。
いつ帰れるのかわからないまま、この地に身を寄せている方達がたくさんいて、
私たちはこれから支え合って生きて行かなくてはならないのだ…

「よろこんでいただけたんだからいいじゃん!」って、開き直るつもりは全くないし、
今後もかんがえていかなくてはならないが…
今回訪れたなかで、一番「おでアリらしい」現場だったなあ、と思う。

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雑記-0712

背中の痛みがなかなかよくならない。1週間はちょっと長すぎるなあ… ちょっと不安になってきた。
明日・明後日はおでかけ落語。慎重にやろうっと…

今日は仕事終わりで勿来へ。今度の日曜、7/17に行われるなこそ復興ライブの最終打ち合わせ。
古謝美佐子さんにお会いするのは何年ぶりだろうか…
12年くらい前、浅草木馬亭でのソロコンサートを観てものすごく感動し、
アースセレブレーションの企画にどうしてもご出演いただきたくて、
直談判すべく沖縄まで古謝さんを追いかけていった。
待ち合わせをしていた日、ちょうど娘さんが産気づいて、病院に張り付いていなければいけなくなった古謝さん。「もしよかったら、病院に来てくれる?」とのことで、コザの産婦人科に行ったんだよな…
翌日には無事にうまれ、改めて北谷で待ち合わせてお話ししたっけ。
そのときにうまれたお孫さんのことを歌ったのが、かの有名な「童神」なのでした。ふふふ。
最近は、年賀状だけのおつきあいだったのだけど、こうしてご縁がまた巡ってくるのはとても嬉しい。

先週末は四日市・メリーゴーランドの35周年記念イベントに伺った。
9月のいわき・わくわくキッズミーティングの打ち合わせも兼ねて。
俊太郎さんと、「僕はこうやって詩を書いてきた」の共著者で編集者の山田馨さんに出会えた。
俊太郎さんの山田さんのトークショーの終わりに舞台に呼ばれ、キッズミーティングの宣伝と、いまのいわきのことをすこしお話しさせていただいた。緊張してあんまり覚えていないのだけど、増田さんが「前田の話、よかったよ」とほめてくださったので、まあよしとする。

DiVaは、新曲があるというのでとても楽しみにしていた。
詩は、福島在住で現在看護師を志し勉強中の寺崎三穂さんによるものだった。
賢作さんはこの曲を演奏する前に「ぼくの初めて手がけるプロテスト・ソングです」と紹介した。
「腕(かいな)の家」というタイトルのその詩は、普遍的な愛の詩でありながら、
現在のわたしたち(福島人?)の心情が、やさしい言葉で、そっと織り込まれていた。
客電がほんのりついている中で、ぐずぐずに泣いてしまい、周りの目が気になって恥ずかしかった。
結局、終演してもとまらなくて、なかなか楽屋に「おつかれさま」をいいに行けなかった。

山田さんに出会えたのも、とても嬉しかった。着いた日の晩、あの本がわたしはとても好きなんです、という告白をしたらずいぶん喜んで、ちゅっと髪にキスをされた。ぽっ!
翌朝、ホテルの朝食会場でばったり出会い、ごはんを食べながら30分ほど二人でお話しをした。
気さくなお人柄で、今手がけておられる連載のお話しをとてもわかりやすくお話しくださったり、
わたしのとりとめのない話にも耳を傾けてくださったりと、ぜんぜん緊張する間もなく、大好きになった。たぶん、このお人柄が、たくさんの優れた作品を生み出すひみつなんだなー。

8か月ぶりに会った、DiVaの大坪さん。
大坪さんはじつは、3月11日、シャンソン歌手のクミコさんのツアーで石巻にいて被災した。
そんな経験をされていたことをまったく口にせず、震災直後わたしを案ずるメールを下さっていた。
打ち上げの席が隣り合わせになり、やっと、そのときの壮絶な体験をしずかに話してきかせてくれた。
「音楽なんてなんの役に立たないときがある、僕もあのときはほんとうにそう感じたよ」と。
「ぺこちゃん、あれから広島に帰ったの? 少しでも休みをつくって、家族に顔を見せて安心させてあげなくちゃだめだ」と諭された。
…少し先になるかも知れないけど、かならず、そうします。

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雑記-0706

 一昨日から、ぎっくり腰ならぬぎっくり背中、続行中。節電してなくてすみません、空調きいた部屋でやすませていただいてます。
 久しぶりに行った治療院で「とりあえずやれることは全部やりましたからあとは2-3日休むしかないです。は?出張?行けるもんなら行ったらいいですよっ」と軽くののしられ(泣)、それでも翌朝になったら少しよくなっていたのでほんとに行った、東京。だってものすごく大事なミーティングだったんだから。ほんとに不思議ですが人と会っている時間帯だけは完全に痛みを忘れる。「ではさようなら」ってした途端にずどーんとまた痛みが戻ってくる。調子のいい身体だなあ…

 この1か月くらい、身の回りでトラブル&ハプニング続出。間違いなく自分で呼び寄せている… なんかわたし、MAX傲慢人間になっているんだと思う。周りにちゃんと感謝&信頼しないと。そして、もっと私は、強くならないといけないんだと思う… 強情、じゃなくてね。 気だけが焦る。うー。でも今日は寝る。
 
 こないだ、札幌に向かう飛行機の中で木村真三さんに遭遇した。いまは二本松を調査している、7月頭からまたチェルノブイリに行ってきます、とおっしゃっていた。
 先日のいわきでの調査報告会でも、直前にナロージチという町=いわきと同じくらいの環境(現場からの距離や汚染状況)を訪ね、そこの医者や研究者から「汚染直後の数ヶ月をどうすごすべきか」というアドヴァイスを持って帰ってきてくださった。とてもユニークなアプローチだなあと思った。
 そして最も印象深かったのは、「汚染度の高い地域に住む人に対し、同じまちに住む者として支援できることを考えてみてほしい」という言葉。「やばいからにげろ」とか「あれはたべるな、これはするな」とか、そんな話を聞かされるのかと思っていたら違ってた。「ここでいきていける方法をさがそう」という話だったのだ。
 この人は、自分が何のためにこの仕事をしているか、ということがクリアに見えてるんだなあと思った。それがなんか、まぶしかった。空港でほんの数分お話ししたときも全く印象が変わらなかった。なんかアーティスト(?ミュージシャン?)みたいな人だなあと思った。たぶん友だちにいたらちょっとめんどくさい(笑)、でも同世代として頼もしく、元気を与えてくれる存在だなと思う。

 うー、わたしもこんなところでごろごろしてる場合じゃない!でもきょうは寝る。

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