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ご協力のお願い!

ゴールデンウィーク初日。
今日はほんとはアリオスでゴールデンウィークフェスティバルの予定だったんだな…

なんか少し気分転換したいな、と思って、アロママッサージうけてきた!
爆睡してしまった… たっぷり2時間。肌もっちもち。むふ。
そのあと、アリオスカフェの順子さんにお願いして車を出していただき、飯野八幡宮に支援物資の搬入にいってきた。

先々週くらいから、徐々に一時住宅への引っ越しが始まっている。避難所アリオスも5日に閉所がきまった。
それにともない、必要な支援物資はだんだん、家財道具や生活用品に変わりつつある。
というわけで… 支援物資送りたいとおもってたんだ!という方いらっしゃいましたら、ご協力いただけませんか?

いわき市平の、飯野八幡宮で、5月8日(日)9日(月)に生活物資をお渡しする会が行われる予定です。
とくに足りないもの、あると助かるものは…

・下着
・靴下(ストッキングなども)
・タオル
・食器
・学用品
・靴
・生理用品、おむつ
・水、日持ちのする食事
など。

衣類は案外たくさん集まってきています。
これからもしお送りいただくとしたら、夏服かも。

これらはもちろん、すでにお店には十分に入荷されているものばかりです。
しかし、住居は無料で1年間使用できても、光熱費・生活資金は自己負担。仕事を失っている方もたくさんいらっしゃるのです。とくに自営だった方はほんとに大変(身につまされる〜!)。

お送り下さる方は「受け取る方の気持ちになって」物資を選別・準備し、お送りいただければと思います。また、選別作業がしやすいよう、内容物の名前を箱に書いたり、物資が混在する場合は小分けにしていただけると、とてもとても助かります。
送り先は、前田までメールでお問い合せ下さい!
travessia@mbn.nifty.com

物資仕分け作業(5/1,2)、当日対応(5/8,9)のボランティアさんも大募集中だそうです。
ガレキ撤去など、力仕事は手伝えないけど、なんかお手伝いしたいのよね。という女子の方、あなたこそ適任かも知れません! 
というのも…
先週実施したとき参加したスタッフが、年配の男性が一人でお越しになって衣類などあれこれ観ているものの、なにも選ばずに帰る…というシーンを何度かみかけたそう。
「おくさんにまかせっきり」な世代の方々にとっては、もしかするとなかなか大変な作業なのかも知れない。もし、津波などで家族を亡くされたのだとしたら、なおさら…
そうした方にちょっと声をかけて一緒に選んであげられたら、って。

てなわけで、みなさま、どうぞよろしくお願いします。


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From Dublin

アリオスでバイトしていたちかちゃんから、facebook経由でメッセージがきた。
「コンサート決まりました!」

ちかちゃんは昨年末から、ワーホリでダブリンに滞在している。
毎年アリオスでやっているワールドミュージックコレクションでケルト音楽を取り上げたとき、
ちかちゃんにケータリングのお手伝いをお願いしたんだけど、
そのときのアーティストとの交流が、彼女のダブリン行きのきっかけになった。

3月11日、ちかちゃんはもちろんダブリンにいた。
実家の無事はすぐ確認できたそうだが、つらい思いをしていたと思う。
数日後、在ダブリンの日本人同士で協力しAid Japan Dublinを立ち上げ、募金活動などを開始した。ちかちゃんは代表として、現地のメディアにもいくつも登場したとか。先日は、一時帰国したメンバーが、ダブリンであつめた応援メッセージのフラッグを持っていわきに来てくれた。
そのAid Japan Dublinの呼びかけで、アイルランドのミュージシャン達が集結し5月10日にコンサートが、Musician of Ireland in Solidality with Japan。約1ヶ月前にもすでに1度行われているが、より規模が大きくなった。いわきにも来てくれたアルタンはじめ、日本に何度も訪れたことのあるミュージシャン達が名を連ねている。話を聞きつけた現地のオーガナイザーが、コンサートの企画制作に全面的に協力してくれているそうだ。
ケルトの人たちの温かさ、やさしさには、特別なものがある。
一昨年の夏に旅したときのこと、プランクトン時代、ケルティック・クリスマスでの思い出、リアム・オ・メンリィが佐渡を訪れたときのこと…いっぱい思い出して、胸があつくなる。
ありがとう。
いいコンサートになりますように。

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じぶんでかんがえよう。

5月1日に、渡辺亮さんがいわきに来て、昨年までのワークショップに参加していた子どもとその家族を対象にしたミニワークショップをして下さることになった。
子どもたちは(亮さんも)たぶんすごく楽しみに待っててくれていると思う。
亮さんは、わたしが3月に東京で滞在している間もずっと気にかけて下さっていた。それがどれだけ支えになったかわからない。

現在アリオスも、市内の全公民館も利用がストップしているため、会場探しには苦心しそうだなあと思っていたら、複数の知り合いの紹介で適当な場所がみつかった。
子どもたちを集めてのイベントということで知り合いが心配し、線量の心配やら余震のリスクについてあれこれ情報をくれた。あまり楽観的でない内容がそのなかに含まれていた。
しかしそれはいつの情報なのか、噂ではなく何らかのデータに基づいているか、現在の状況はどうなのか… 心配ばかりしてもしょうがないので、自分で調べられることは調べてみようと思い、気象台に電話してみたり、線量計を持っている人のデータを見せてもらったり。
やー、気象台から情報を得るなんて、佐渡に住んでた頃以来だわ。
福島の気象台の担当者がすごく親切でわかりやすい説明をしてくれて、ほんと助かった。
言葉の選び方、声音…大事ですね。勉強になった。
しかし「どうなるかわからない」もののうえに乗っかって行動しなくてはならないことにかわりはない。その覚悟は必要なんだな、今は。どこにいても。

最近、あらゆる思いや行動のベースに「不信感」がくっついている。こういうときだから、何事も今まで以上に慎重を期すべき(ていうか、私の辞書に「慎重」という文字はこれまでなかったかも!)とは思うのだが、物事のごく表層だけをみていたずらに騒いでしまう悪い癖は、もう改めていかなければ。
てか、子どもの頃からちゃんとそういう教育を受けてきていたではないか。しっかりせい!

さあ、晴れたぞー、しごとだー。

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雑記

きのうは久しぶりに、江名に行った。
MERRY SMILE ACTIONというアートイベントが江名小学校で行われるということで、その見学に。
やっている最中も、避難所への支援物資の配達や音楽のアウトリーチのために体育館には人が出入りしていた。
告知が控えめだったせいか、集まっている人は少なく、ちょっと残念だったが、プロデューサーの水谷さんはじめスタッフは皆さんチャーミングなハートの持ち主で、子どもたちに笑顔で語りかけ、写真をどんどん撮っておられた。私も撮っていただいた。ひさしぶりに「にかっ」と笑った。気持ちよかった。

そのあと、江名港へいった。漁港はがれきの集積場になっていた。港に面する商店や民家の多くには「取り壊しを承諾します」とかかれた張り紙が貼られていた。
ちいさな漁船がいくつも停泊していたが、沖にでている船を見つけることは出来なかった。
途切れ間のない波音は、震災前と変わらずに丘の上まで響いていた。
まえから、何故か江名が大好きだった。直接的な人との交流はこれまでなかったのだけど、このちいさな港町をおとずれると、佐渡と重なり、なんともいえない安堵を感じることができていた。
それでもやっぱり、この海がすきだ。とおもった。

夜、戸渡の桂子さんがお電話を下さった。
桂子さんはここ数日、岩手、仙台、福島と海岸ぱたに車を走らせ、現地の方に話を聞くという大行脚をされていた。桂子さんらしい行動だと思いながらも、とても心配だった。お節介だと思いながらもメッセージを送り続けていた。戸渡についたというお電話をいただけて、ほっとした。
「どうしてこうなってしまったのか、どうしても納得できなくて、今おきていることをこの目で確かめたかった。そして、これからのことを考えたかった」とおっしゃっていた。
そして「筆舌に尽くしがたい光景だった」と。
これまで生きてきた土地への愛着やら憎しみやら、ちっちゃい体に入りきらないほど詰め込むようにして、ほんとは体も弱いのに過酷な旅まで敢行して、桂子さんが見極めようとしているものはなんなのか…全てを受けとめることはもちろんできないけれど、彼女の心の近くにいることができたら…と僭越ながらも思う。

近所の小学校から子どもの声が聞こえる。
校庭での体育の授業が再開されているらしい。

この一月半の間に、揺れたりぶれたりして見失いかけている自分の心の軸を、
そろそろいったん見いだしていかなくてはならないと思っている。


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勿来にて

きのう、仕事が終わったあと勿来へ。
勿来のボランティアセンターで汗を流している若いアーティストが、
GWにアートイベントをやりたいと言っているのでちょっと相談にのってやってほしい、
ということだった。

うーむ… 
勿来を含む南部エリアは、4つの漁港の町が大きな津波被害を受けた。
そのうえ4月11日の余震の被害もひどかったときいていた。
その状況下でのアートイベント…GWって、準備期間10日間だよ、どう考えても無理じゃないの?
代表のTさんはどうしてOKを出したんだろう、なにか理由があるのかな、
と、もやもや考えながら車を走らせた。

いいだしっぺの青年は、東京芸大大学院を去年卒業した26歳。
去年の秋から田人に住み込み、製作をしている。
地震後、製作をお休みし、勿来ボランティアセンターに合流し、
海辺の清掃作業に関わる中で、思いがあふれてきたようだ。
淡路島の子と聞き、そうかあ…とおもった。(ちなみに生まれは広島だった)
気持ちは、すごく、わかるけど。

Tさんは最初、やはり反対していたそうだ。
「まだその時期ではない。
 海っぱたに住んでいた人たちにとって、
 ここにあるのは、まだ『ガレキ』ではない」

ミーティングに集まってきていたのは、
わたしとおなじくアドヴァイスを求められ駆けつけたアートポートONAHAMAのMさん以外は、
全員20代。大学生や高校卒業したての子も数名いる。
青年はもちろんあつまった子たちは「経験はないけどやってみたい、避難所にいる方々や子どもたちにあったかい時間をとどけたい」という。ボランティアセンターで日々働き、さまざまな光景、人に接しながら湧いてきた気持ちなんだな…やばい、だんだん、ほだされてきてしまった。

うまくいかないことがあったり、傷ついたりすることはあっても、
ここには「致命的な失敗」はしないように見守れるしっかりした大人がいるから、大丈夫。
松田さんと一緒に、最低限のアドヴァイスだけさせてもらって、場所をあとにした。

どんな企画になったか、たぶん来週あけには聞くことが出来ると思う。
たのしみだ。

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どっぷり。

アリオスは8月末までのホール系施設の休館がきまり、
覚悟していたものの、現実になり、想像以上にがっくりきてしまった。
いわきに戻って3週間、
やっぱりかなりへんなテンションで毎日過ごしていたので、その疲れもどっとでたみたいだ。
3日間、どっぷりはまった。
しかし、こんな日々に、いつか慣れていくんだろうか? 
飛行高度をどこに定めてすすんでいけばいいのかがつかめない。

今日は相棒の誕生日だった。
プレゼントも用意できなかった。
せめておめでとうくらいはいいたかったので(仕事もたまってるし)よれよれと夕方仕事場に向かう。
しかし、やっぱり顔を見れば、落ち着くというかなんというか。
小言をぶちぶちいわれながら仕事をかたづけるころには、すこし気も軽くなった。かな?

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おうちでキャンプ気分

断水3日目の朝。
どうやら近所は復旧し始めているらしいので期待したいところ…

しかし、3月の震災当初のように食料やガソリンに困ることはないのがありがたい(って、その状況を私は知らないのだけど…)

ごはんを食べたあと、お茶碗にお茶を注ぎ、洗いながらのむ。茶道のようですな。
洗面器一杯ぶんの水で体を拭いたり洗ったり…ち、ちべたい。水行だ。
コンタクト洗いにコップ一杯、歯磨きにコップ一杯。
しかし、お手洗いを流すのにこんなに水を使っているとは知らなんだ。

きのうは無洗米を炊いておにぎりをつくった。
寝室は大きな家具があるので、居間のこたつにもぐって就寝。

うむ、おうちでキャンプやってると思えば、何となく楽しいぞ。

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きたー。

地震から1ヶ月目。いよいよ最大の余震? がきた。
避難者もスタッフも、みんな冷静、素早すぎる対応。
停電が起きたら、舞台スタッフはさささっと避難所に発電機を持っていって明かりをつけてあげていた。災害対策本部が電源確保が微妙なためアリオスに移動してくることに。
事務所はあっという間におじさんでうようよになった。(市長とか副市長とか。ははは)
幸い電気はすぐ復旧したので、2時間くらいで引き上げていったけど。

家の中はおもったよりもひどくなかった。
でも、うちに帰ったら水が出なくなっていた…きたわー、とうとう。
やけくそでビールのんだろか〜! と思ったけど、
ビールを飲んだらお手洗いが近くなりますよ! がまんがまん。

と思ったら、相棒の家はなんと水が出るらしい!
急遽水を持ってきてくれることに! やたー! ビールのもー!

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デモ、でも。

原発に反対するデモが、先週あたりから都内各地でもりあがっているらしい。
わたしもけして推進派ではない、というか、核エネルギー利用への罪悪感は強い方だと思う。東京にいたら、なんとなーく参加しちゃうかもなあ、と思ったりもする。

しかし、こうした動きを遠くいわきから見ていてふと思う。集まる人々は、今現在災禍におかれている人々への「気持ち」を、持ってくれているのだろうか?
いま、ふるさとを離れざるを得ない状況に置かれている人の気持ち、差別の目にさらされている人の気持ち。置き去りにせず、ちゃんと胸においてくれているだろうか?

「デモなんかやるなー!」っていってるわけじゃない。もともとやらなさすぎだし、日本人。
でも、今回の事故をきっかけに、推進派も反対派も、てゆーか国民みんなで、とにかくちゃんと論ずる機会にしてほしいと思う。これまで推進・反対お互いに原理主義的(?この表現でいいかなあ?)が過ぎて、論議になどなっていなかった。そして私を含む大多数は、あまりにも無知過ぎた。恥ずべきは、まずそこにある、と思っている。
そういう意味で、単なる被害者、単なる加害者はいまどこにも存在しないと、いま私は思っている。
もちろん、日々の生活の中で「原発事故さえなけりゃなあ」という思いはつねにありつつも。

みんなで本気で反省して、本気で次の一歩を責任もって選択するべき時がきているのだと思う。

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これから、これから

今週は市内各地をめぐり、お世話になっている方々からお話を伺う毎日だった。
小名浜以北の沿岸地域のみなさんにはまだお目にかかることが出来ない段階。まだ少し時間がかかると思う。

地震・津波・原発、どれをとってもそれぞれのまちの事情が異なり、向き合い方、対処の仕方がぜんぜん違っていた。ひとつの自治体の中でおきている事とは思えないほど。
民間主導で復興に向けてのプログラムを着々と進めつつある地域、
原発の屋内待避地域にかかり、日々不安と向き合いながら、高齢世帯が多いこともあり堪え忍ぶばかりの地域、
震災直後から、普段からのコミュニティの強固さを活かし、民・官が手を携え支え合ってきた地域…
それぞれのスピード感、エネルギーの質を丁寧に見極めながら、次への一歩を踏み出すことは、けして容易ではないとあらためてわかった。

ミーティングを終えアリオスに戻る道の途中、小名浜〜江名〜薄磯と、海岸線を走ってみた。
友人につよく止められていたこともあり躊躇があったが、いわきに戻って10日目にして、やっと訪れる機会が自然におとずれた。
市内ではもっとも津波被害が甚大だった薄磯。
砂に埋まる道、めちゃめちゃに壊れた家々の残骸、決壊した堤防。
自分がどこにいるのだか、まったくわからなくなってしまった。
からだじゅうがしびれて、いたい。
でも、ちゃんとこの目でみることができてよかった。

おまえはまだみにいくな、と言っていた友人に報告をしたら、
「さあ、これからこれから。」とメッセージをくれた。

そう、これから、これから。

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こどもたちに

朝7:30。
すぐそばの平第3小学校から、校門で待ちかまえる先生と登校してくる子どもたちの「おはようございます」のあいさつが聞こえてきた。

「早すぎる」との声が多数上がりながらも、予定通り今日から市内の小中学校は始業した。
とくに避難所になっている学校の先生方は、さぞかし始業準備に苦労されたことと思う。
そして、水道が復旧していない地域の学校はもちろん、給食センターが被害に遭ってしまったため、多くの学校が給食を始めることが出来ない。
保護者たちも、通学路の安全確認など、毎日会議を繰り返していたそうだ。
そうしたご苦労をいろんな方面からお聞きしていただけに、「いつもの」朝のあいさつが、今日はことさらに、しみた。

今日は、保健所の子育て支援関連の部署・係をまわり、お話を伺った。
小さな子を持つ家族や妊婦さんたちは、ことさら不安を抱えながら生活されているのだと思う。
市外へ出た家族も多いと聞いていたが、障がい児はさまざまな問題によりいわきにとどまった人も多いとうかがった。たとえば、発達障がいのある子どもは環境の変化に弱いため、避難先に順応できず苦労するのではという懸念。医療ケアが必要な身体的障がいのある子どもは、移動自体にも危険を伴う。
そして、妊婦さんや出産直後のお母さんも、帰るべき自宅も頼れる実家も津波で失った方や、
原発の避難指示区域から逃げてきて、住所変更も出来ないままいわきで母子手帳を受け取らざるをえない方など… 自分一人の身を守るにも大変な時期に、小さなちいさな命を守るために、どれだけの思いをされただろうか、計り知れない。

こどもたちの笑顔のために、未来のために、必死にがんばってくださっている人たちがいる。
微力ながらも、自分たちに出来ることを考えなくては。

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備忘録

今日から、おでかけアリオスでお世話になった地域の方々のところへおじゃまし、
いろいろとお話を伺うことを始めている。

午前中は、相棒・矢吹の恩師が勤務している湯本二中へ。
湯本二中は現在避難所として利用されているが、校長・教頭と避難者による自治がすすんでいる、ある種特徴的な避難所だ。避難者の皆さんが分担し、自炊や掃除、物資の搬入などを行っているそうだ。
体育館はあすの入学式・始業式の準備がはじまっていた。「避難者の皆さんにも来賓として参加してもらいたいと思っている」という言葉からも、いいエネルギーが流れているのがとてもよくわかった。

午後は勿来支所と、ひとまち未来会議の事務所にて、被害の状況や、まもなく正式に立ち上がる「いわき市勿来地区災害ボランティアセンター」についてのお話しを伺う。
全市に先駆けて民・官一体でコミュニティ復旧を支援するボランティアセンターを立ち上げることになったきっかけを、代表の舘さんに伺うと、「炊き出しはもちろんありがたいし、楽しいのだけれど、終わったあとの寂しさがつらい。もっと継続的で、先を見据えた活動を行いたい」とおっしゃっていたのがとても印象的だった。
現在、山口・宇部から、市役所の危機管理課スタッフとボランティア経験の豊富なスタッフが中に入り、物資のコントロールなどはもちろんのこと、準備段階のデータ集め、ホームページのデザインなど細かいところまで、ともに体を動かしながら準備活動をすすめている。
今後の動きに注目していきたいし、できればお手伝いさせてもらいたいなあ…と思った。

夜は、「心の宿」にお客様が。亮さんのワークショップ常連さんのともちゃんとそのお母さんのおみつさんが、お風呂を使いに来てくれた。
お母さんの入浴中、ともちゃんが「あのね、ぺこちゃん。地震で、ぼくの心にはひびが入っちゃったんだ」とつぶやいた。手をにぎって、話をゆっくり聞くくらいしかできないけど… その「ゆっくり話を聞く」ことが、いまはまず大事なのかも知れない。
ともちゃんが「お風呂をいただいたお礼に」と、肩もみと一曲歌をプレゼントしてくれました!
またいつでもきてね!

さー、ゆっくり眠って、あしたもがんばろう。
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バナナ問題

心の宿・オープンしてちょうど1週間になりました。
今夜はどうやらお客様ゼロ? ちょっとさびしいですが、一人の夜もまあよかろう。

今日はお休みだったので、午前中で仕事は切り上げ、念願の治療院へ。
「うーむ… ブラジルに行く前より、よくなってる。」と言われた!
いわきに戻ってきてからよく眠れるようになり、野菜たっぷりの食事を比較的規則的にとれるようになったことが功を奏しているらしい。
そしてやっぱり、仕事以外の時間を楽しく過ごせているのが、何よりなんだろうな。
「今の生活をこれからもキープできれば、元気になれますよ」といわれた。
でも、「心の宿」は水道が復旧したらいちおう閉店だし、だいたいこんなに長く現場から離れていることなど、もともと本意ではないのだ…むずかしいもんだ。

とはいえ、やっぱりさわってもらったら体がだるくなり、夕方まで眠り、懸案の「バナナ問題」に着手。
市外待避する人の食材をもらい受けたものがいくつかあって、だんだんそれがいたみ始めてきている。
それを腐ってしまう前に加工するのが、最近の心の宿メニューの傾向なんだけど、今日はずーっと横目でちらちら見ながら放置していたバナナを!ということで、2本は炊飯器ケーキに使い、あと2本はフォークでつぶしてペーストにし、冷凍庫へ。明日はバナナスムージーだね。
やー、花嫁修業みたいだわ〜。 …おほほ、調子に乗りすぎ?

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再始動

昨日から、アリオスでの仕事が再開しました。

避難所の状況や、お世話になった方々とのやりとり、今後に向けてのアイデア出しなど、
久しぶりに頭も心もいっぱい動かした感じ。次から次へとでてきます。
でも、定時になったらいちもくさんに帰って「心の宿」の支度。
お米をといで、大根がしがし刻んでると、心がすーっと静まっていくのがすごくいいなあ。

3週間前の震災で壊れたのは、建物だけではない。
空気の中にとけこんでしまったのは放射性物質だけではない。
誰もが、満身創痍なのです。
これ以上、無用に傷つくことも、傷つけることもないように、やわらかいこころでいたい。
パズルのピースを探し、ひとつひとつ組み上げていくようにして、ゆっくり修復していくしかないです。

いわきの人たちがどんなときも、笑顔とユーモアを失わず、励まし合いながら歩いていくためのお手伝いが、私たちの仕事だと思っています。

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