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何故私たちはウタを歌うのか?

チリの鉱山作業員全員救助、ほんとによかったね。
世界中が見守り、祈った時間。

あれこれ読みあさった記事の中に、33歳の作業員が、地上で自分たちの生存が確認される前から、深い地中で詩を書き続けていた、というものがあった。
絶望と悲しみ、希望、家族への愛…
救助の直前に書いたという詩も感動的だ。

ここ地底に一筋の光が差している
これが私の進む道
信仰は失われず
私は生まれ変わった


この記事を目にする前に、たまたまみたテレビで、「介護短歌教室」のドキュメンタリーをやっていた。沖縄のあるコミュニティセンターで月一回開かれている人気の講座で、家族の介護にあたっている人々が、自分の思いをうたに詠み、それを集まった人たちとシェアしあう、という講座。
月一回のその日を楽しみに、日々の生活で感じたことを書き留め、選んだ一篇をさらに推敲し筆で丁寧に清書し、集まった人の前で読む。
言葉を選び紡ぐ行為に、それを声に出して読む行為に、分け合う仲間がいることに、つよい浄化力がある。


4年前に悪性リンパ腫で亡くなった友人が、亡くなる1ヶ月前に外出許可を取ってライブを観にいき、その後にブログに書いていた一節を思い出した。
「何故私たちはウタを歌うのか? なぜウタを歌わずにはおれないのか?」

生命とリアルにむきあう人たちのそばに、美しい言葉や旋律がそっと寄り添っている。
それは、どういう意味を持つことなんだろう。
ゆっくりかんがえてみようっと。

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ともだち

怒濤の日々続行中。
ひとつひとつの仕事は楽しく、やりがいのあることばかりだけど、次から次へと矢継ぎ早に押し寄せてくるので味わう余裕がない、というのは本当にもったいないなあとおもう。仕事ってそんなもんなんだよな、とも思いつつ…

昨晩帰宅して、ちゃちゃっとおかずつくってぷしゅっとビールを開けたところで、友だちから電話がかかってきた。最初の職場の同僚で、おたがいやめたあとも連絡を取り合っている数少ない友人。彼女とは職場ではイロイロあって(笑)、でもイロイロあったからこそ、何でも話せる独特の信頼感がある。
彼女はいつも思いがけなく連絡をくれる。そしてわーーーっとしゃべりまくって「またね〜」となる。どうして急に連絡をくれたの? と訊いてみたくなるんだけど、その質問を忘れるくらいの勢いで。でも思い返すといつも、自分がそのとき陥っている心境をふっと救いあげるような言葉をおいていってくれる。
ゆうべもそうだった。ありがとう。
来週久しぶりに会えることにもなった。楽しみだ。

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