« December 2005 | Main | February 2006 »

「最初で最後の晩餐」

2/1から、ベニサンピットで幕を開けるお芝居のお手伝いについている。
劇場支配人の瀬戸さんのはからいで、1週間前から劇場で稽古をさせて頂いている。場になじみ、場に応じた芝居を考える時間をぞんぶんにあたえられるのはほんとうにめぐまれたことだ。
今回の芝居はなかなか難産だったが、きょう、わたしもようやく現場に合流してはじめて通しをみることができた。シンプルで、そしてシンクロナイズらしい作品に仕上がってきた。あとは、初日までの限られた時間をいかに密度濃くすごし、そしてお客様に育てて頂くか。不安もあるが、やはり楽しい時間だ。

「最初で最後の晩餐」は、20年前、高校生活最後の時間をすごした恩師や友たちとの思い出と、いまの自分の姿を描いた物語。
シンクロナイズ・プロデュースWEB

「恩師」とこころから呼べる教師に、わたしは何人であったかなあ…
まっさきに思い出すのは、やはり大学の時の先生だ。自分の専門(クラリネット)の教師ももちろんそうなのだけど、私にはもう一人、大切な人がいる。
ソルフェージュと、吹奏楽のサークルの顧問を受け持ってくれた、山城宏樹先生。彼はトランペットの教師だったのだけど、授業やサークルの時間をつうじて、ボディワーク、メンタルワーク… いずれもプレイヤーにとっては基本中の基本にして難解なことがらを、(きっとご自身も試行錯誤しながら)まさに体当たりの授業をしてくださった。
わすれることのできない人だ。…ってかいてるとまるで亡き人のようですが、もちろんご健在で、いまも母校で教鞭をとっておられる。
通しを観ていて、先生のことをおもいだした。…芝居がはねたら、ひさしぶりに、お便りしてみようかな。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

こーしちゃいらんねえ

ひさしぶりにおちついてうちで仕事。
ざくざくかたづけるぞ〜、といいつつ、おさぼりタイム。

ホリエモンがんばれ、などと書き込みしてみたものの… 逮捕か。
これから彼には価値観をひっくり返されるようなものすごい試練がまってるってことなのかな。
彼がふたたび立ち上がってくる時が、ほんとうに楽しみだ。

姉歯問題といい、ライブドア問題といい、なんかポイントは共通しているように思う。
利益を追求するのは資本主義社会では当たり前のこと。しかし、その利益(もしくは不利益)について考える目線が近すぎるというか、その公共性や社会に対する影響(責任)の大きさとあまりにバランスがとれてない感じがする。

なにがそうさせているのだろう?
そしてここにきて連続してそんな事件が露呈してきていることの意味って?
なーんて、そんな人ごとのようにぼんやり考えているわけにはいかないのだ。

こないだNHKの番組で、ある大学病院の医師が「プロフェッショナルとは?」という質問に、「自分の仕事に誇りと自信をもつこと。そのために努力を惜しまないこと。それがないなら、やめたほうがいい」と答えていた。
けっこうどきっとするコメントだった。
いやー、あたしもこーしちゃいらんねえぞ!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ホリエモンがんばれ〜!

なにがあったかわからないけど、えらい騒ぎになってますね。

ホリエモンて、あんまりすきくなかった。
もちろんメディアから聞こえてくる情報での判断に過ぎないが、
なんとなく、現実感のない生き方をしてるなあというか、ちょっとえげつないというか…
でもほんとのところ、彼のやんちゃぶりを、どこかみんな楽しんでる感じなのではなかったろうか。
それが、一夜にしてこの有様である。
ほんとのところ、何が起こっているのか、わたしまだよくわかってない。

しかし、株式市場の混乱ぶりといい、マスコミのコメントといい…
ほんまにえげつないのはいったいだれやねん?

というか、古くからの同志をなくしてしまったことが、
もしかすると一番彼にダメージを与えているのではないだろうか…

神様は彼に(そして私たちに)どんな気づきをもたらしてくれようとしているんだろう?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

いい詩って音楽みたい。

先週の土曜日、嵐の中いってきました。詩の朗読パフォーマンス「俊読」。
朗読ライブって初めて行ったけど、こんなにおもしろいと思わなかった。

「この国の子供達はみんなこの男の詩を読んで大きくなった。」というサブタイトル。
…この男、とは、詩人・谷川俊太郎(あ、ブログの話題が谷川俊太郎つづきだ)。
ほんとそうだよね。小学校の国語の教科書に載ってる作品の中でも、「記憶に残ってる率」かなり高いんじゃないのかなあ?
主宰の桑原滝弥さんはじめ、国内各地から集まった10組の詩人達が、自作の詩と、自分の好きな谷川さんの詩を朗読する。
おもしろいとおもったのは、おおかたの人が自身の作品よりも谷川さんの作品のほうがその人となりをよりストレートに表現できている、ということ。
ちょっと失礼な発言かなあ…おもしろいもんだよね。

舞台の最前列には、谷川俊太郎さんご本人が座っていて、とってもリラックスして楽しんでおられた。ライブの最後には、たっぷり読んで聞かせて下さった。
新しい詩集を買ってきた夜、どきどきしながらページをめくるときの高揚感を思い出した。 

「なんでもおまんこ」という作品を、俊太郎さんもふくめ3名の詩人が選んで読んだ。しかし膨大な作品の中からなんでこれを3人も選んで読むねん? て感じだけど…でもわかる、わたしもこの詩大好き。「ポルノ詩を書いて下さい」という依頼でかかれた作品のうちの一つなのだとか。でもすっごく爽快な詩なんだよな〜! 名作です。

いい詩って、音楽みたい。
「言葉」が意味や意思の伝達という役割を超え、おおらかな生命力を秘めた「響き」としてきこえてくる。

| | Comments (1) | TrackBack (2)

音楽の前の

竹富島にいる間、たくさんの本を読んだ。
石垣の本屋さんで買い込んだ本、泊まらせてもらった友人宅の本棚に見つけた本。
ふかふかのソファにうもれて、昼も夜もよみふけった。
美しい言葉に導かれるようにして、心は風に吹かれあちこちをとびまわった。
たくさん涙が出て、くたくたに疲れ、ぐっすりねむれた。
いっぱいなくとねむくなるのって、どうしてだろうね。

なかでも感動したのは、谷川俊太郎の詩。

「人が音楽を愛するよりももっと深く 音楽は人を愛してくれる」

白い砂の敷き詰められた庭の向こうには福木が生い茂り、
そのまた向こうには、星がやわらかくまたたいている。

「この静けさに音は生れ この静けさに音は還る
この静けさから聴くことが始まりそれはけして終わることがない」

荒ぶる嵐の中にあっても、辛抱強く耳をすまし、辛抱強くおいかけてゆくしかない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

あけましておめでとうございます。

年が明けてもう1週間になろうとしている。
おくればせながらのご挨拶、ことしもいきなりぐうたらですみません。

この年越しは両親と現地集合で八重山に行ってました。あったかかったあ。
1日からは両親とも離れ、おなじみの竹富島で。
せっかくきたのだから、と動き回ろうとしてはしてみたものの、年末からの体調不良を引きずりつつだったせいもあってか、ほとんどじーっとぼーっとしていただけでした。年賀状ひとつまともに書けなかった… 本だけはたくさん読んだなあ。
本島にいってからしりあいのユタさんにその話をしたら、
「いろいろなものを抱え込んだままの気持ちでは、島の神様も受け止めきれないよ」といっていた。ふむ、たしかにそうかもしれない。

明るく行くぞ!年女!!!
というわけで、ことしもよろしくお願いします。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

« December 2005 | Main | February 2006 »