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秋の気配

カルロスツアーもなんとか終わり、東京へ戻ってきた。
きょうはなんだか風もすずしくて、久しぶりに自転車で仕事にでかけることができた。

春って、少しずつ、花のつぼみをほころばせたりして、
期待をぐーっと高めるようにしてやってくるけど、
秋って、気がついたらとなりに座ってる。ってかんじ。
気づけば蝉の声もすこしやわらかくなって。
私が一番すきな感情=「せつない」が似合う。

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カルロスツアー続行中。

ゆうべ空を見上げたら、半月がうかんでた。
佐渡にいたときは満月だったのに。時間のたつのは早いもんだ。

きのうは、すみだトリフォニーホールでの東京公演。
パイプオルガンのあるクラシックホールで、スコットランドのフィドラー、クリス・スタウトと、
大貫妙子さん、山口智子さん、東京パイプバンド(バグパイプ)、
そしてオルガンの松居直美さんとのコラボレーション。
佐渡のライブとは趣を異にした、おちついた雰囲気のライブになった。

「パイプ同士」なのではあるが、ガイタ(バグパイプ)とオルガンとの相性がこんなに素晴らしいとは!
松居直美さんが、しなやかで懐の深いスタンスで関わってくださったことが、
よりそのクオリティを高めたといって過言ではないだろう。

しかしやっぱりなんといっても、カルロス・ヌニェス。彼は本物だ。
この大きな劇場を制するだけの、というよりそれを凌駕するほど、壮大にしてきめ細やかな「音楽」が、彼の中に存在していることを、昨夜あらためて私たちは知らされることとなった。

きょうは大阪、そしてあしたは宮城での公演。
毎回共演者が違い、ほんまに大変とおもう。
今朝はさすがに赤い目をしてホテルの部屋から出てきたけど、
エネルギーはフルチャージだ〜!!

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佐渡にて。

ゆうべはけっきょく気持ちが高ぶってねむれず、うとうとしはじめて3時間と立たないうちに目覚ましが鳴り、フェリーに乗り込んだ。

きのう、空港でメンバーの一人の荷物がでてこず、
今日はリハーサルにもろくに立ち会わずずっとその対応に追われていた。
コンピューターで全世界の空港と航空会社がネットワークしているという、ロスト・ラゲージの情報。
なんか壮大なスケールだよなあ…と感心してばかりもいられない。
何度も何度も航空会社とやりとりをして、へとへとになってしまった。
「こりゃもうみつからんかもな…」と半ばあきらめつつ、
そのメンバーと一緒にしょんぼりしながら、ふらっと神社にたちよった。
お賽銭を入れて(彼は10セント私は10円)、柏手たたいて、
「荷物が見つかりますように!」とお祈り(彼はスペイン語、わたしは日本語で)してみた。

そしたらですね。なんとですね。
その直後に、でてきたんですよ、荷物が!!!
木崎神社の神様、すばやい対応ありがとうございました!!!

そのあと、沢崎灯台にメンバー全員と出かけた。
カルロス・ヌニェスの住むガリシアの、美しい海の風景映像をみて、
佐渡の海におちる夕日を是非見せたい、と
今回のアース・セレブレーションの演出の薫くんがさそってくれたのだった。

水平線に落ちる夕日をみたのはいつぶりだろう。
あまりの美しさに、みな言葉少なになり、岸壁の底から絶え間なくきこえる波音と
やさしい潮風に包まれて、ただただだまって最後の光が消え入るのをみつめた。

あー、なんか書こうと思っても、陳腐な言葉しか思いつかない自分が恥ずかしい。
とにかく、皆の胸のなかに、なにものにも代え難いたからもののようなものが
宿った瞬間だったのだった。

きっとすばらしい「大地の祝祭」になるとおもう。

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佐渡へ。

アース・セレブレーションにゲスト出演する、スペインのガイタ&ホイッスルプレイヤー、カルロス・ヌニェスとともに、あすから佐渡入り。

11時間の飛行機移動で夕方成田に着いて、その足で直江津まで移動。
あすは朝一番のフェリーに乗り、降り立つなりそのままリハーサル会場に直行、という
強行スケジュールである。
わたしは彼らの楽器と荷物を載せて車で成田からここ直江津へ。
途中ひどい雨に降られたり、昨秋の地震の爪痕がまだのこる関越道をゆっくり走りつつ、
ようやくホテルに入ったところ。ふいー。

でもわたしは元気だぞ〜!
関越トンネルをぬけてからは、大きなレモン月がみまもってくれていたし、
インターを降り、車窓を開けてなつかしい風に吹かれたら、
肩の力もいいかんじにぬけました。

この旅の相棒がおごってくれた「おつかれ缶ビール」をのみほしたら、ねることにしよう。

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まだ、胸があったかい。

京都からたずねてきてくれた友達のおかげで、10年も連絡が取れていなかった鼓童時代の同期の男の子(ああ、いまはおじちゃんとおばちゃんですが)と、電話で話をすることが出来た。
挨拶こそ他人行儀だったけど、あとはもう、時間の帯をくるっとまるめてくっつけたみたいになった。
やさしく親しみのこもった話し方が、すごくなつかしかった。
ずっとあえてなかったのが嘘みたい。でも、こうしてまたあえるのには、やはり10年の年月が必要だったんだと思う。

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正当化って。

先日、広島から遊びに来てくれた幼なじみが、昨年の原爆の日に広島のローカル局の特別番組でとりあげられた、「被爆した米軍捕虜たち」の話を聞かせてくれた。
原爆投下直後の広島の街。同じように深手を負う米軍捕虜の姿を見つけた人たちは、まるで十字架にはりつけるかのように拘束し、棒でなぐり、礫を投げ、ついには殺してしまったという。原爆資料館に展示された被爆者によるスケッチの中には、いくつかそれに触れた絵もあるという。
ショックだった、しかし、その人たちを責めることなんて、。

エノラゲイに搭乗した飛行士が、
「原爆投下は悲惨な戦争をあれ以上長引かせないためにどうしても必要だった。後悔していない」と、あらためてコメントしたというニュースを読んだ。

第9条の改正。
抗うことすら忘れ、わたしの母国は、再び軍隊をもつことを正当化する国へと戻ってゆくのだろうか。

正当化、ってなんなんだろう。
そうしなければ、生きてゆくことも出来ないほどのつらさを、
いつまで、繰り返し味わってゆかねばならないのだろう。

60回目の、原爆の日の朝に、祈りをこめて。

広島市長・平和宣言

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恋愛家族

東京在住・関西出身のプロジェクト「シンクロナイズ・プロデュース」の公演手伝いに通っている。
明日が(もう今日だ)初日。

「普通の人たち」の、日常に起こる喜び、かなしみを、淡々とそして愛情に満ちた視点で描く、
彼らの作品が、わたしはとても好きだ。

前作の「約束」は、阪神大震災で大切な人をなくした人達を描いた作品だった。
そして今回は、少年犯罪をテーマにした作品。
けして、にこにこと対することの出来ないテーマだ。
そしてどちらも、彼らの故郷でおこった、衝撃的な事件でもある。
目を伏せたまま歩みを続けていくことはできない、という思いが、作・演出の久次米健太郎の中にあるのだろうか。直接聞いたことはないから、わからないけれど…
重いテーマではあるけれど、彼らがこの作品を通じて伝えたいと思っていることはやはり、
すべての人の心の中にある、やわらかな部分である、とおもう。

「かなしい」、
日本語では「悲しい」「哀しい」と書く。
沖縄では「愛し」と書くことが出来る。
胸がすっとするようなハッピーエンド、とはいかないけれど、
見終わった人たちの心の中に、両方、伝わっているならいいな、と思う。

8/4から8/7まで、アイピット目白にて。

シンクロナイズ・プ
ロデュースWEB

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