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観音様が見よってよ。

子どもの頃、ピアノの練習がきらいで、ときどきレッスンをおさぼりしていた。
ピアノの本を持って出かけるふりをし、その辺の畑かなんかでなずななんかつんだりしながらぼーっと過ごし、何食わぬ顔でうちに戻る。
そんなことを2回も3回も繰り返せば、親にばれないわけがない。
夕方戻るとおっかない顔で母親が待っていて、「今までどこへいっとったんね?」とたずねられ、ばれたことに気づいてぼろぼろ涙を流す… 何遍繰り返したことか…
そのたびに母に諭されていた。
「だあれも見とらんと思うじゃろ? ちゃーんと観音様が見よってんよ。」

この「観音様がみよってんよ!」はなかなか、子どものワタクシには威力がありました。
目に見えないもの、思いの及ばないものに、見つめられてる事に対する畏れ、というか。
恐怖を植え付けられるというのとはちょっと違う感覚。
信仰心、とよんでもいいんだろうか? 
これってけっこう、人が育つうえにおいて大切な感覚なんじゃないかなあ。

なんできゅうにこんな話かって?
まあ、きょうは、観音様にみられてたような、そんな一日だったわけで。

(初稿を昨晩のうちにだしましたが、言葉足らずな感じがして4/27朝書き直しました.)

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岡本敏子に乾杯!

岡本敏子さんがなくなったことを、「ほぼ日」のコラムで知った。

岡本太郎さん、とても尊敬するアーティストなんだけど…きょうはそのことはいいとして。

「岡本太郎に乾杯!」というエッセイで彼女のことを初めて知った。
というか、直接お会いしたりすることは一度もなかったから、
著書やテレビ、ネットからの情報しかないわけだけど。

岡本太郎の秘書として、家族として、
岡本太郎の作品、岡本太郎というアーティスト、そして一個人である彼の生き方を、徹底的に肯定し、それを表現(発信)し続けた人。
そのメッセージは、究極さゆえ、アートや、アーティスト、そしてそれを支えるもの、そして人間への普遍的なメッセージと化していた。
彼女の導きによって岡本太郎というアーティストの作品に出会い、そして「アート」と出会った人も少なくないと思う。(わたしもその一人)

わたしの、あこがれの生き方。

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ヒロシマというとき

日中問題、日韓問題が気になる。

かれこれ12年も前、鼓童のツアーで台湾に行ったときのこと。
舞台で怪我をしてしまったメンバーを現地の病院に付き添ったとき、通訳の女性にニュアンスがうまくつたわらず、お医者さんと顔を見合わせまごまごしていたら、突然診察室に見知らぬ老人が入ってきて、通訳をかって出てくれたということがあった。
診察のあと、その老人に丁重にお礼を(日本語で)言ったら、「わたしが日本語がわかるということ、どういうことだかわかるかね?」とおっしゃった。静かに、しかし強い視線で。何も言えず、ただ首をうなだれるよりなかった。いまでもそのときのこと、忘れられない。

この春なくなった被爆詩人、栗原貞子さんの詩にこんな詩があるそうだ。

「ヒロシマ」といえば
ああ「ヒロシマ」と
やさしいこたえがかえって来るためには
わたしたちは
私たちの汚れた手を
きよめねばならない


小学校の頃の友達に、被爆2世がいた。
本名を名乗れずにいた、在日2世がいた。
敗戦して30年以上たっていたにもかかわらず、彼らは漠然とした「不安」や、
漠然とした「差別」にさいなまれていた。
あのころ、戦争の禍根は、かさぶたのようにして残っていた。

60年をすぎようとしている今も、私たちの中に残り続けるこの「しこり」は、
いったい何だろう?
なぜ、過去の過ちを認めて謝罪してはいけないのだろう?
なぜ、首相は靖国参拝をやめることができないのだろう?
自分の痛みには敏感に、ヒステリックに反応してしまうのに、
他者の痛みにこんなにも鈍感なのはなぜだろう?
私たちの世代に、課せられた課題とは。


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コンテンポラリーアート雑感

きょう、読売の夕刊を読んでたら、80歳になったフランスの作曲家、ピエール・ブーレーズのインタビューがのっていた。

ブーレーズといえば、大学のクラリネットのセミナーで課題曲として取り上げられたことを思い出す。たしか「ドメーヌ」という作品だった。
「学部の1年生も院生も、とにかくチャレンジしてみよう」ということで一応みんなでさらいつつ(わたしは早々に撃沈)、先生やちゃんと演奏できる先輩の演奏を聴講しながらかなり細かく曲に向き合うことをした。
そのときに具体的にどんなことを教えてもらったかは実はあーんまりよく覚えていないんだけど(すんませんアリニョン先生。そして先生はブーレーズ主宰のアンサンブル・アンテルコンテンポランタンの創設メンバーだったのね!)、
とにかくあのセミナーで学んだのは
・すべての音に「理由(因果)」があること
・ 徹底的にアナリーゼ(楽曲分析)して身体に納得させて音を出すこと
・ 音楽を感じること
だったとおもう(同じ事を3回かいてる気がするが)。
たしか1週間か10日くらいみっちりレッスンする、わりと長いセミナーだったけど、毎日すごいストレス(だってさらってもさらっても追いつかないんだもん!)で、そしてすごく楽しくて、目から鱗がぼろぼろおちたのを覚えている。

しかしそうやって演奏家が仮に「会得」できたとおもう演奏を、
客席から聴いて、どれだけの人が「ふむふむ、そーゆーことか」と思いながら楽しむことが出来るだろうか。けっこう緊張を強いられる時空間だよな、と感じるお客さんは少なくないのでは。

インタビューの最後をしめくくるブーレーズのコメントに、うんうんうなづいてしまった。
「今までの現代音楽の演奏会はレストランみたいなもので、作曲家が調理した作品を出すだけだった。これからは、美術館のように、希望すれば作品説明も聞けるようなスタイルが望ましい。
そうした広い意味での文化教育が、時代を超えた芸術を支えるのです」

先だって参加した、札幌コンカリーニョのイベントでは、終演後にアフタートークを毎晩やった。盛んに意見が出る日ばかりではなかったが、「毎晩やる」ってことがとっても大事なことのように思えた。
実際、友人達と後日お茶しながら長時間舞台のことを話題に盛り上がれたのは、毎晩のアフタートークのおかげのような気がする。
作曲家、演奏家、そして観客。だれが偉いというわけでもなし、今を生きるもの同士。作品について自由に語り合う場をもっと設けてゆければ、互いの切磋琢磨となるんじゃないだろうか?
懇切丁寧な説明をしなくては理解できないようなパフォーマンスもどうかとは思うが、かしこそうな感想をのべる必要などない。しゃっちょこばった質問ばかりをする必要もない。いまこの空気をともに体験する「同士」として、語り合うことの出来る幸せを、もっともっと味わいたい。
それこそが、コンテンポラリー・アートの醍醐味、とまでいうと言い過ぎかしら?

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Thanks a lot, my friends

コンカリーニョ「SHOOT THE WORKS!」企画、
中日を過ぎ、一足先に現場を離れて、東京へ戻る日が来た。

ゆうべは公演の打ち上げをかねて私のお別れ会も開いてくれた。
居酒屋を追い出された後、さらにホームステイ先にスタッフの何人かがあつまってくれて、あけがた近くまでおしゃべりした。彼らとの出会いは本当に、計り知れない喜びを与えてくれた。
今日も明日も本番だけど… みんないきてる?

札幌での2週間、文字通り「あっという間」だった。ハプニングも含め、あまりにもいろんな事がありすぎて、まだ整理がまったくつかない感じ。
しかし、私の中には確実に何かが生まれ、そして何かがよみがえってきた、そんな実感がある。

降り立ったら、桜が待っているんだな。
2度目の春!

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